ようやく観ました、『オッペンハイマー』!
クリストファー・ノーラン監督の作品は大好きだけれど、さすがに今回は題材と長さからちょっと躊躇…。ノーラン好きな次男が「行く!」と言うので、デートを目当てに行ってきました。
ノーラン監督お得意の時系列が入り乱れる構成、それが今回は2人の視点から描かれるため複雑なこと、当時のアメリカの政治についてある程度の知識が必要と聞いていたので、しっかり予習をして臨みました。(って、直前にいくつかネタバレなしの予習をネットで検索して読んだだけですが。)
おかげで、『テネット』ほど置いてきぼりにならず、あっという間の3時間でした!
原爆を作った歴史的人物の逸話というよりも、オッペンハイマーという天才物理学者の頭の中(ひらめき、興奮、悩み、葛藤…)を体感するような物語。そのすさまじさに飲み込まれ、圧倒されました。
天才科学者というものは、どんな恐ろしい結果を招くか予測できていても、自身の理論が正しいことを証明したいという衝動を抑えられないものなのか…。
さらに、それを利用するために大義名分をつける政治屋(あえての屋)たち。
日本人としてはモヤるところも多い作品ですが、原爆を落とした側の視点や、戦時中の日本とアメリカの差を知ることは、愚かな失敗を繰り返さないためにも大切だと感じました。
戦争がいかに人を愚かにするかを痛感します。あるいは愚かだから戦争をするのか…。
映画については観ていただくとして、やっぱり字幕翻訳者としては字幕の話は外せません。
いやもう、字幕の素晴らしさにも圧倒されました!
翻訳者は私が愛してやまない石田泰子さん。もうね、とにかくすごいです。
字幕大賞をあげたいくらい感動しました。(私があげても何の効力もないですけども!)
何しろ3時間しゃべりっぱなし。
おそらく字幕は3000枚近く!
90分程度の長尺で1100~1300枚(1500枚あると多すぎ、1000枚以下ならラッキー!)なので、尺が倍と考えても吐きそうな量です。
これだけの字幕を訳すには相当の集中力を持続させなければならず、考えただけでもノイローゼになりそう。
しかも物理学と政治の話が入り乱れ、史実で群像劇。人物の相関関係を整理するだけでも大変です。
これを映画としての流れを途切れさせることなく、字数制限の中で必要な情報を選んで字幕にするというのは、職人技以外の何ものでもありません。
絶対にブログに書くぞと意気込んで行った私がメモできた字幕は最初のほうの数枚だけ。
原音の英語が難しすぎて、早々にギブアップして映画に集中しました(笑)
というわけで、私が書き取れた中でシビれたのはストロースのセリフ。
How could this man who saw so much be so blind?
慧眼にして盲目とはな *慧眼に「けいがん」のルビ
かっこいい!!!
「慧眼」とは「物事の本質を鋭く見抜く洞察力」(日本国語大辞典)。
直訳すれば「これだけ洞察力のある男(オッペンハイマー)が、なぜこうも盲目になれる?」。それを「慧眼」と「盲目」という対照的な言葉を対にすることで、字面(じづら)が引き締まります。
また、説明的なセリフが多い本作だからこそ、こういうひと目で頭に入る字幕を入れることでメリハリがつく。ストロースの冷たい表情にも合って、胸に突き刺さりました。
他にも日本人になじみのない組織や人物が頭に入りやすいよう、あちこちに訳の工夫が見られました。こういうのって、たぶん同業者じゃないと気づかない。なので、僭越ながら声を大にして称賛させていただきます!
正直なところ、これだけ素晴らしい字幕を見てしまうと、同じ字幕翻訳者を名乗るのがおこがましく感じてしまう。
だけど、こうして「もっと頑張ろう!」と思わせてくれる存在がいるのは本当にありがたい。
2時間の作品を訳すのに萎えてる場合じゃないと、奮い立たせてくれました。
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