この字幕が好き! 『カモン カモン』

世間は『トップガン マーヴェリック』に沸いておりますが、語り出すと止まらない世代なので、やめておきます。代わりに選んだのは、その対局にあるような作品『カモン カモン』。映画好きの心に刺さる作品を次々と生み出すA24の制作(字幕担当作『mid 90s ミッド・ナインティーズ』もここ)、『20センチュリー・ウーマン』のマイク・ミルズ脚本・監督、そして主演はホアキン・フェニックス! 『ジョーカー』の狂気はどこへやら、お腹がポテッと出た中年おじさんを演じています。全編モノクロでノスタルジックな雰囲気が漂い、独身のラジオジャーナリストと9歳の甥っ子の交流を描いたヒューマンドラマです。

字幕翻訳は業界で誰もが認める人気、実力ナンバー1の松浦美奈さん。読みやすいだけでなく、英語が分かる人も納得させる字幕は、同業者の間でしょっちゅう「神訳」と話題になります。

今回も「ひゃ~」と声が出そうな絶妙な訳ばかりで、とても紹介しきれない(と、早々にあきらめて映画に没頭した)のですが、思わず鳥肌が立ったのが、こちら。


原文)Blah-blah-blah.

字幕)薄っぺらぺら ぺらっぺら


興奮しすぎて前の台詞を忘れてしまいましたが、独身の理由を言い訳する伯父さんに、9歳のジェシーが言う台詞です。

Blah-blah-blahは大したことない内容を省略する時に使うもの。日本語だと「何とかかんとか」みたいな感じで、意味があってないようなもの。それを、ここまではっきりと意味を込めて訳すとは! 震えました。このあと何度か繰り返し出てくる時も「ぺらっぺら」。これがもう、話の流れに見事にピッタリはまっているのです。


こういう、どうとでも訳せる言葉に翻訳者がはっきりした解釈を出すのって、ものすごく勇気のいること。なにしろ字幕は原音が聞こえます。どんなにすばらしい訳でも、必ず異議を唱える人が出ます。それを避けるために、もっと無難な訳にすることもできたはず。

だけど、翻訳者の解釈を明確に出すことで印象的な台詞になり、全体の訳にメリハリがつく。とても大切な台詞なだけに、逃げずに(と、あえて自戒を込めて言います)訳す姿勢に、翻訳者としての覚悟を感じました。


私はと言えば、担当者やクライアントのチェックで代案を出されると、意味合いが変わらなければ受け入れてしまいがち。それで訳がよくなる場合が多いのですが、スクリーンで見た時に「やっぱり元の訳がよかった・・・」と後悔することも、たまにあります。

松浦さんに比べて、私の覚悟のなさよ・・・。もっと自分の解釈に自信を持とう、自信を持ってチェックで主張できるだけの裏付けを持とう。そのためにできることは山ほどある! 『マーヴェリック』並みに「オレもまだやれる!」と奮い立たせてくれました。


タイトルになっているC’mon, c’mon. (C’mon = Come on)の字幕も、とってもよいのです。

ぜひ、その目で確かめてみてください♡

それにしても、ものすごい台詞量。字幕が何枚あったのか気になる・・・。

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ワイン好き翻訳家のお仕事日記

岩辺いずみ   字幕翻訳家&ライター。英語、フランス語を中心に映画やドラマの字幕を手がけています。 カナダに1年、スイスに1年、アメリカに4年、フランスにちょこっと滞在。 翻訳を中心に、ワインと映画と旅の話を綴ります。 息子2人のシングルマザー。 子育ても終わりつつあるので、のんびり海暮らしを計画中。 ★WORKSの「記事一覧」からブログを開くとコメントを残せます。