この字幕が好き! 『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』

さて、番長のおかげで快適に観てきた映画はこちら。『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』!

周りの映画好きの間でやたらと評価が高く、監督は『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト。他の情報は一切入れず、期待値MAXで行きました。

もうね、最高! 予想以上の正統派サスペンス! 現代と1960年代のロンドンが交錯し、60年代の音楽やファッションをスタイリッシュに使った演出。キャストも凝っていて、ヒッチコックやキューブリックへのオマージュや、あちこちにマニアックな仕掛けがあり、鑑賞後もいろいろ調べたくなる。映画マニアに元ネタの古い映画もいくつか教えてもらったので、こちらも早く見たい。とにかく鑑賞後に語りたくなる映画で、映画に詳しくなくても楽しめるのが、また良いのです。

字幕は同業者にもファンの多い牧野琴子さん。牧野さんの字幕って、すごく自然なんです。シンプルな言葉で心にスッと入ってきて、心地いい。

今回、ご紹介するのは、こちら。

① 原文: You know what I mean.

 字幕: そっちじゃない

② 原文: He manages a lot of girls.

 字幕: 女の子の束ね役

① は、会話でよく使うフレーズ。高級レストランを横目にバーガー店で食べた話をおばあちゃんに聞いた孫娘が、「いつか連れていくね」と言うと、おばあちゃんは「バーガー店ね」。そこで孫娘が笑って言う台詞です。直訳すると「私が言ってることはわかってるでしょ」(連れていくのはレストランのほう)で、字幕では「わかってるくせに」あたりがよくある訳ですが、「そっちじゃない」! 言う言う! うまいな~!

② は、店で働く女の子たちを仕切る男性を指して言う台詞で、直訳は「彼は大勢の女の子たちを仕切ってる」。ここに「束ね役」という名詞を持ってくるところが、さすが! こういうのって、発想をちょっと変えないと思いつかない。使わせていただきます♡

でね、誤解を恐れずに言うと、鑑賞後に心の底から思ったのは、「悔しい!」

こんな最高の作品を訳してるのが、自分じゃないのが悔しい! 歌もあって(歌詞を訳すの好きなんです)、伏線たっぷりのミステリーで(ミステリーの伏線を回収する時ってゾクゾクする)、もうこの作品を訳したくてたまらなかった。それは私のほうがうまく訳せるとか、そういう話ではまったくなくて(牧野さんの字幕は完璧!)、ただただ、訳したい。

その昔、レベッカ・ブラウンの『体の贈り物』を読んだ時も、同じ気持ちになりました。文芸翻訳なんて1ミリもやったことないくせに、自分が訳してないのが悔しかった。しかも、あの名翻訳家、柴田元幸さんの訳なのに! いや、訳がすばらしいから、余計に悔しくて訳したくなるのかもしれません。

大好きすぎて悔しい。これって、私の仕事の原動力な気がします。「もっとがんばろ!」って思えるのって、すごく幸せ。年の初めに、こんな気持ちにさせてくれる作品に出会えたことに心から感謝。まだまだ、やれることはある。頑張ろう♪

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ワイン好き翻訳家のお仕事日記

岩辺いずみ   字幕翻訳家&ライター。英語、フランス語を中心に映画やドラマの字幕を手がけています。 カナダに1年、スイスに1年、アメリカに4年、フランスにちょこっと滞在。 翻訳を中心に、ワインと映画と旅の話を綴ります。 息子2人のシングルマザー。 子育ても終わりつつあるので、のんびり海暮らしを計画中。 ★WORKSの「記事一覧」からブログを開くとコメントを残せます。